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脱サラをしてラーメン店を始めたい人に役に立つ講座

第5回

二店舗目を出店しようとしたのですが…。

<二回目の正従業員採用>

 妻が交通事故に遭い、長期間戦線離脱したあとに考えました。やはり妻以外にあと一人頼りになる従業員が必 要であり、それは将来二店舗目を出店するのにもいずれ役に立つ、と。前回の時と違い、借金も返し終わってお りその 「返済分を人件費に回せば良い」 と考えたのです。私は、それまでに何人も大学生をアルバイトとして採 用していました。その中から一番真面目で明るかった卒業生に頼んでみることにしました。彼とはなによりウマが 合っていました。社会人になったあとも電話などで連絡を取っていましたので近況も分かっていました。
 早速、手紙を書くと彼から 「了承の返事」 がきました。私は個人事業ですので彼が勤めている今の会社よりは 待遇条件は当然劣ります。それでも了承してくれたことは感謝に堪えません。アルバイトと違い、正従業員を採用 するのですから責任の重さが桁違いです。身が引き締まる思いでした。
 一年ぶりに再会した彼はとても大人に見えました。社会で一年経験すると 「こんなにも変わるのだなぁ」 と思っ たものです。私としては、彼が来てくれたことだけでとても嬉しく未来が開けたような、明るくなったような気分でし た。正従業員としてもよくやってくれ妻も私も肉体的、精神的に余裕を持てました。この時期が私のラーメン店生 活で一番楽しく充実していた時期です。
 彼は、私のことを気遣い給料や待遇などで無理を言ったことは一度もありません。それどころか逆にコーヒーを 自分で作ってきて私に飲ませてくれたほどでした。彼は独身者ですから、そのコーヒーも自分で早く起きて作って くれたものです。それほど店や私に尽くしてくれた、そんな彼が数年後 「辞めたい」 と言ってきました。そのときの ショックは言葉では言い尽くせないものがありました。しかし、それほど人間的に素晴らしい彼が「辞めたい」と思 ったのですからやはり責任は全て私にあります。
 彼が勤め始めてから二年を過ぎた頃、妻が病気で寝込んでしまいました。それで彼につい無理をさせてしま い、勤務時間が私と変わらないほどになったのです。彼には彼の生活があり、友人たちと会ったりもしていたので すがそれもままならなくなったのだと思います。
 その頃より、店の売上げも頭打ちの状態でしたので私は二店舗目の出店を具体的に考え始めていました。そ のような状況でそれとなく彼に出店の話をするのですがどうも反応が鈍いのです。「おかしいなぁ」 とは思ってい たのですが、そのような反応が続くと私としてもイライラ感が募ってきました。それが言動にも出ていたのでしょ う。夜の勤務時間中に彼から「辞めたい」と告げられました。それから、私も彼も心の葛藤があったのですが結局 半年後に退職することとなりました。

 彼が辞めてから二年後に私が廃業していることを考えると彼の選択は正しかったといえるのかもしれません。 私にとってみても幸いだったのかもしれません。もし、彼が最後まで在籍していたなら私の負担はもっと大きかっ たでしょう。もしかすると彼はそこまで考えていたのかも…。

<二店目を探した>

 先程、「二店目を探した」と書きましたがそのことについて詳しく書きます。
 二店目を出そうと不動産屋を回ったり、雑誌を見たりしていました。やはり条件は今の店舗からあまり離れてい ないことです。二店の距離が離れていると管理できなくなるという思いがありましたので、距離的に十キロまでを 範囲と考えていました。
 探し始めてから二ヶ月を過ぎた頃、店舗情報の雑誌で希望に近い物件を見つけました。不動産屋さんに問い 合わせてみますと、「直接当人に連絡して欲しい」 と言われました。一店舗目の時と違い今回は十年以上の経験 がありますので、一店舗目より費用をかけずに店舗を取得できると、ある程度の確信がありました。
 早速、雑誌に掲載されていた番号に電話を入れ店舗を見に行くことにしました。
 そこは私の店と比べて駅から離れてはいますが商店街の中にありました。そして店の前の道路は車の通行量 が多い環境でした。只、一車線で一台がギリギリ通れる程で歩道はなく駐停車することは不可能でした。
 私が訪問したとき、ちょうどその店は休憩中で店内が暗かったのですがドアは開いていました。店内に入り、呼 びかけると五十才を越えるかと思われる男性が出てきました。私が店舗を見に来たことを告げると「よろしくお願 いします。」と言いながら電気を点けてくれました。
 明るくなった店内を見渡しますと当店よりは小綺麗です。当店は十年以上経っていますからボロッチィのです。 男性から話を伺うと、「内装から設備、備品など全部込みで百五十万円で買ってくれないか」 とのことです。…と ても安いです。広さは当店の半分にも満たないでしょうが、設備道具類は揃っていますので手を加えるのはわず かで済みます。やはり安いです。問題はこの立地です。それが引っかかっていましたので「何時頃が混むか」、 「どんなお客様が来るか」 などいろいろ細かく尋ねました。
 男性の話では、出身はどこか話しませんでしたが、地元に奥さんやお子さんがおり、単身で東京に出てきて商 売を始めたそうです。ですが、年齢から考えて肉体的にキツく妻子のいる 「地元に帰りたい」 と考えたようでし た。しかし、まだ借り入れ金が百五十万円残っており、それを返すだけの金額でよいとのことでした。私としても安 いのは嬉しいのですが売り上げが確保できなければ何の意味もありません。
 男性が言いますには、近くに大きな病院がありそのお見舞いの人たちがよく団体で来るとのことでした。しか し、私にしてみますとやはり立地が悪いという印象です。
 店舗譲渡についての条件などいろいろ話した後、その方としばらく世間話をしました。商売を始める人は誰もそ うですが、男性も始めた当初、大変苦労したらしく始めてから半年でストレスが原因で胃を壊し手術をしたそうで す。入院二ヶ月だったようです。私自身のことと重ね合わせ、商売の厳しさを思い返しました。
 その日は話を聞くだけにし、後日また伺うことにしました。男性は、私が帰る間際に 「もう少し金額を下げてもい い」 とまで言っていました。
 それから数日間思案していましたが、「もう少し詳しく正確に、人通りなど立地環境を確認したい」 と思い、翌 週、男性には告げずに店の前の人通りを調査することにしました。
 予想していた通り商店街(かなり大きな商店街です)といえども人通りは多くはありませんでした。車の通行量は それなりにあるのですが、人の行き交いは少なかったのです。
 時間は午前十一時四十五分から、三十メートルほど離れた路地から男性の店をずーっと見ていました。正午を 過ぎても誰も入っていきません。ラーメン店などのような飲食店は昼時間が勝負のはずです。その後、十二時十 五分頃に店内からあの男性が出てきました。外を見回しながら煙草を吸っています。やはり、暇なので時間を持 て余して気分転換に外に出て来たのでしょう。
 しかし、店の前で煙草を吸うという行為は店舗を構えている人は絶対やってはいけないことです。男性が店内に 戻った後もお客様が入る気配が全くありませんでした。私はとうとう痺れを切らし、店に入ることにしました。
 私が店内に入ると男性は驚いた表情をしました。挨拶をした後、ラーメンとライスを注文し、正直に 「今日は調 査に来た」 と話しました。男性が 「どうですか?」 と聞くので率直な感想を伝えました。やはり、これだけ人通りが 少ないといくら譲渡価格が安くても経営的に成り立ちません。私は正式に断りました。
 話をしている間に男性がラーメンを作って出してくれました。こういうとき、作るほうとしてはプレッシャーを感じる ものです。理由は、私が同業者だからです。やはり、なんとなく試されているような気分になります。私もそれが察 せられましたので、できるだけ大げさに 「おいしい」 を連発しました。実際においしかったのです。
 正式に断るとさすがに男性は落胆の様子を示しました。「価格を下げても駄目ですか?」 と聞かれたのです が、価格ではなく 「立地環境が理由であること」 を再び告げました。
 それから二週間後、男性より電話があり、再度お願いされましたが断るしかありませんでした。男性も切羽詰ま っているんだろうなぁ、と感じたものです。それから約一ヶ月後、その店の前を通ることがあったのですが、もうそ の店は無くなり居酒屋になっていました。あの方はうまく処理できたのでしょうか…。

 以上で開店からの出来事を時間を追いながら綴ってきましたが、次に私が営業してきて感じたこと、気付いたこ とを書いてみたいと思います。

<ラーメン店は体力と気力だ>

 先にも書きましたが、ラーメン店の売り上げは “客単価×客数” です。それ以外にありえません。ラーメン店の 単価はせいぜい七百円~八百円です。ラーメン店の客数は席数の五回転が目安と言われています。席数が十 席なら十席×五回転、つまり客数は五十人です。これ以下の場合は経営的に成り立ちません。五回転というと簡 単に感ずる方もいると思いますが、ラーメン店の場合売れる時間帯が決まっているのです。つまり人間が食事す る時間帯は決まっており、正午~午後二時の間と夕方から夜間です。夜間は特別の場合を除いて期待できませ ん。普通、働いている人は昼間は外食する確率が高いですが、夜間は自宅で食事する確率が高いのです。とい うことは昼間だけで三回転を達成しなければならないことになります。
 特別な場合を除いてと書きましたが、特別な場合とはマスコミに登場することです。私はマスコミが嫌いでした ので、マスコミを利用しないで営業を続ける方法をいつも考えていました。それには来店して戴いたお客様にもう 一回来て戴くことです。いわゆるリピーターを増やすことです。
 私は 「お客様に満足を与えること」。これがラーメン店の最も重要な要因である、と考えていました。そのために はいつも店の雰囲気を明るくし、どれだけ元気でいられるかです。店主の心の姿勢は必ずお客様に伝わります。 それには体力と気力を常に充実させておくことが必要なのです。これなくしては良いお店はできないでしょう。お店 の味というのはお店の総合的なもので決まるのです。お客様は目をつぶって耳を塞いでらーめんを食べるわけで はないからです。
 私が開店したあとも、加盟店になった方がたくさんいました。私の知っている限りでは三十数店舗までいったよ うです。しかし、問屋さんなどから話を聞きますと、ほとんどの店が五年以内の間に廃業した店がほとんどのよう でした。私と一緒に研修をやった方も、みなさん三年程で廃業しています。どうしてでしょうか?

 脱サラ、サラリーマンでないということは、時間が自分の自由になり気軽そうに思えます。ですが、逆に言うと、 サラリーマンではないからこそ一日中が仕事なのです。結局、一年三百六十五日仕事に縛られていることになり ますから自分の自由な時間が持てないのです。それで嫌になる。皆さん、最初のうちはやる気満々で始めます。 が、それが将来もずっと続くと思うと嫌になるものなのです。借金をしてまで始めた人たちであってもです。その限 界がだいたい三年という期限なのだと思います。嫌にならない為には体力と気力がどうしても必要なのです。これ から始めようという人は、そこの所を充分に覚悟して挑戦してください。因みに本部も、六年後くらいに直営店を 閉めています。

 『 巧詐は拙誠に如かず』    * 巧みに欺くものは拙くても誠意あるのに及ばない。

<ラーメン店は立地だ>

 売上げを作る要素は、色々あります。味、店の内装、メニュー、価格、サービス、従業員の態度などそれらの要 素が重なり合って売上げを作ります。では一番大事なのは何でしょう。
 それは立地です。これが最も重要です。例を挙げましょう。
 飲食業で大きな売上げを上げているのは、いわゆるファミリーレストランです。ファミリーレストランにも多くの企 業があり、そしていろいろなタイプの店があります。そのどの企業、タイプの店であっても、繁盛している店と閉店 に追い込まれている店があります。全く同じ味、メニュー、価格、店の作り、サービス対応であっても、です。この 事実をとってみても、経営ノウハウなどより立地条件が店の売上げを決める、ということを明らかにしています。
 実は、経営ノウハウより立地条件が重要であることは飲食業に限りません。現在伸びている業種としてコンビニ エンスストア(CVS)があります。その最大手のCVSは親会社の利益をも抜いておりそのノウハウは絶賛されてい ます。しかし、その最大手のCVSでさえ立地条件によりスクラップしている店があるのです。ということはどんなに すばらしいノウハウがあろうが(いい味を出していようが)立地条件が悪ければ経営的に成り立たないのです。
 しかも立地条件は年月が過ぎるとともに変化します。近くに大きなスーパーが出来る。競合店が出来る。近くに あった企業がなくなる(その企業の従業員が食べに来ていた時)等、それらの環境の変化により、人の流れは極 端に変わるものです。ですから今売れているからと言って、将来も売れ続けるという保証は全くないのです。
 個人が脱サラをする場合、資金的に一等地に出店することは出来ません。資金に余裕のある企業が出店する のとは違います。それでも出来るだけいい場所にしたいものです。そうしますと車が止められる道幅の道路沿い ということが最低条件となるのです。どんなに立地条件を検討して出店してみても、それはあくまで 「確率が高い」 ということであってリスクが全くないというわけではありません。やはりやってみないと分からない、運もある、とい うことを念頭に入れておきましょう。
 またいつ環境が変わり、立地条件が悪くなるかもしれません。できるだけ早く借金を返すことです。いつ環境が 変わってもいいように借金を返し終わるまでは生活をギリギリに切り詰めて、多少利益があるからといって油断し ないことです。
 個人でも複数店舗を展開することを考えている人はいると思いますが、その場合は今回のテーマである脱サラ でラーメン店というより、起業という側面が強いので私は分かりません。只、言えることは脱サラよりも数段リスク が高いということです。

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 廃業する人がいれば新しく開業する人もいます。ラーメン業界はそれの繰り返しです。私もそうでしたが、自分 が廃業するとは誰しも考えないものです。「自分は違う」 といつも考えていました。そのことについては後半に譲る として環境の変化は自分ではどうにもできないことです。

<第5回> 肝銘

≪ 立地が全てだと考えるくらいがちょうど良い。≫

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