第3回
お店を開いていると機械類、設備などが故障することが多々あります。 その時にあわてふためいた様子です。
<クーラーと冷蔵庫>
オープンした次の年の五月頃のことです。ラーメン店は火を使いますので店内の気温が高くなり易く、五月に入
るとすぐ冷房を使うようになります。当店のクーラーは、私の前に店舗を使っていた方から買ったものでした。
もちろん改装時に、業者にクーラーのメンテナンスはしてもらっていました。しかし、どうも涼しくならないのです。 「クーラーが壊れているのか」
と思い、送風口に近づいてみると冷たい風が吹き出てきてはいます。そういえば開 店時に 「来年はクーラーを増やした方がいいな」
と本部の社長が言っていたのを思い出しました。
本部に電話をして確かめてみますと、やはり 「一台だけのクーラーでは能力的に店内全体を涼しくはできない」 ようでした。社長は言いました。
「もう一台増やしたほうがいいね」
私がオープンしたのは八月の終わりだったのですが、「夏も終わりになる」という理由で新しく増やさなかったの
だそうです。資金的に余裕がなかったからです。私が加盟したFCとの契約は 「開業時における総合計の金額」
を支払うという形式でしたので、それをどのように配分するかは本部で決めてくれることでした。仮に説明されて も、私としても分かりませんが…。
「一台増やすかどうか」 はともかく、店舗の温度調整に詳しい業者を紹介してほしい、と本部にお願いしました。
数日後、業者が下調べにきました。業者はクーラーの調子をみるだけでなく厨房機器や店内をあちこち見て回
っていました。そして「クーラーを増やすだけではダメで、換気扇の吹き出しの力も強くしないとクーラーが効かな
い」と言うのです。今の状況で、いくらクーラーを増やしても火を使う時に出る熱を外に逃さないと効果がない、と
のことでした。仕方なくクーラーと換気扇を新しく購入することにしましたが、両方で約百万円かかってしまいまし
た。またまた借金の増大です。これも始める時の私の資金の少なさが原因です。皆さん、資金はたくさん持って 始めましょう。
新しくクーラーを増やしたことと換気扇を強力にしたことで店内の暑さは少し和らぎました。それでも、お客様は
まだ暑そうな仕草をします。ですが、もうこれ以上やりようはないように思え、それ以上は対応策はなにもしないで いました。しかし、お客様の 「暑そうな仕草」
が気にならないわけではありませんでした。
そうしてやり過ごしていたある日。飲食店の本を読んでいると、「吸気穴の大切さ」 を教えている記事を目にしま した。いくら換気扇を強くしても吸気穴がないと
“熱” は外に逃げないらしいのです。私は店内を見回してみまし
た。すると、当店は直径二十センチと十センチほどの吸気穴が二つしかないことに気付きました。私は早速、業
者に頼んで大きな吸気穴を作り、やっとまあまあ満足の出来る環境となったのです。それにしても、店を構えてい ると本当に出費は続きます。
機械類が故障するのはその機械の能力を最も必要とする時期に集中するものです。クーラーは当然夏です
が、冷蔵庫も夏に故障することが多いのです。冷蔵庫が故障すると悲惨です。夜に故障などしようものなら、一晩
で冷蔵庫内の食材が傷んでしまい、食材を全て破棄しなければならなくなります。そうした事態を少しでも防ぐ
為、私は帰宅時必ず冷蔵庫の温度を確認していました。もちろん、私が帰ったあとに故障してしまってはどうしよ
うもありませんが、せめて帰るギリギリまで確認して安心感を得ていたかったのです。
ついでに、私が帰宅時に指差し確認していた事項を書きましょう。
ガスの元栓、換気扇、トイレ内、冷水機、有線、灰皿、発注、レジの電気、野菜・チャーシュー、靴、冷蔵庫の温
度、クーラー二カ所、ホイホイ、とこれらを毎晩店を出る最後に声を出して指で差しながら点検していたのです。 みなさん、笑うなかれ…。
それぞれをご説明いたしましょう。
ガスの元栓はガス漏れをしないように。換気扇は止めるのを忘れないように。トイレ内の電気の消し忘れ。冷水
機、有線放送、レジも同様です。灰皿は火の始末。発注は翌日の分。野菜は傷まないように冷蔵庫にしまってい
きます。チャーシューも煮た後に冷やしてから冷蔵庫にしまっていきます。“靴” とあるのは、店内の靴と普段の
靴とを履き替えていたのですが、それを忘れることがたまにあり、家に着いて店用の靴に気が付くと、とってもショ ックなのです…ハハハッ。
その他にも不思議に思うものがあるかもしれませんが、店が終了する頃には疲労困憊していて単純なものを忘
れるものなのです。“ホイホイ”というのはゴキブリ捕獲器です。脱線ついでにゴキブリ対策について書きましょう。
飲食店において切っても切れないのがゴキブリです。何と四億年も前から生存し続けているそうですから大した
ものです。恐竜でさえ絶滅しているのを考えるとその生命力はすばらしいものがあります。しかし、飲食店にとっ
ては憎き相手です。これを店内で見当たらないようにするのは至難の業です。
飲食店を営んでいますと、様々な殺虫方法の業者が販売に来ます。例えば、店の閉店後に自動的に噴霧器か
ら殺虫剤をまいたり、年四回来訪してゴキブリの巣となりそうな場所に液体を塗ったり、粘土状のものを貼り付け
たりです。私も三回ほど専門業者と契約してみましたが、どの方法も思うような効果が得られず解約してしまいま した。
その後は薬局で売っている殺虫剤で間に合わせていました。店内の隅々まで煙が満煙するもの、直接ゴキブリ
に噴射するもの、粘土状のだんご、帰宅時に捕獲器を要所に置いておく、という方法を組み合わせて対処してい
ました。このようなやり方でも全くいなくなることはないのですが、この方法が最も効果があったように思います。
ゴキブリといえば保健所の検査です。保健所の検査は一年に一回、九月の終わり頃に来ます。私は飲食店組
合に加入しており、その班長さんが検査の日時を教えてくれました。それに合わせて清掃したり、殺虫したりして
いました。その検査の中に{ゴキブリはいるか?}という質問項目があるのですが、私はいつも「いない」と答えて いました。
ある時、検査員の方が来ている時に目の前にヒョコヒョコ出てきて恥ずかしい思いをしたことがあります。本当
にゴキブリは憎き相手です。検査員といってもだいたいはその班長さんが検査を行うのであまり厳しいものでは
ありませんでした。保健所の人が直接携わるのは検査の結果報告を兼ねた講習会に来て話をする程度です。
飲食店は保健所の許可を得て決まった期間を営業することができます。そして期間満了の日にちが近づくと更 新する必要があります。
更新を控えた約一ヶ月前、初めて見るお客様でちょっと雰囲気が(私ふうに言うと匂いが)「ほかのお客様と違う
な」と感じた方がいらっしゃいました。決して辺りを見回したり、挙動不審なわけではないのですが、ラーメン店を
やっていると不思議と感じるようになるのです。そして、更新の日の講習会にその方が保健所の人として来てい
たのです。私が推測するに、「更新の前に店を検査しに来たのではないか」 と思っているのですが、真偽のほど は分かりません。
話を戻しましょう。
冷蔵庫が壊れると食材を冷蔵庫から全て出さなければなりません。当然置き場所にも困りますし、長時間室外
に置いておくと傷みます。初めて故障した時は氷屋さんに電話して大きな氷を持ってきてもらい冷蔵庫に入れまし
た。この対処法はパートさんに教わったのですが、その方は私より年長でさすがは人生が長いと「いろんなことを 知っているものだぁ」と感心したものです。
修理業者が業務用の冷蔵庫を直す箇所はだいたい決まっていました。業務用には上部に擬縮器(ぎょうしゅく
き)というものがありまして、そこが油で詰まるのが故障の原因です。その固まった油を除去するのに一時間~一
時間半を要します。これだけの作業で二~三万円の修理代です。私は、「あまりにもったいない」 と思いこの作業
を自分でやってみましたが、思うようにきれいになりませんでした。そこで、それなら「詰まらないようにすればい
いんだ」と考え、凝縮器に換気扇で使うフィルターを貼ってみました。これは大成功でした。それ以来故障の回数
はめっきり減ったのです。お金のためには工夫はとても大切です。このフィルターを貼る方法を修理業者に問題
がないか尋ねたところ、良い方法と言われました。それならばメーカーはなぜ初めからそういう作りにしないのか と疑問に思ったものです。
クーラーも冷蔵庫も手に負えない時は修理業者にお願いするのですが、先程も書きましたように故障する時期
が集中するのです。すると電話をしてもすぐには来てもらえないことが多いのです。これも難点ですが、その理由
は、故障するのが私だけではないからです。どこのお店でも同じように故障が起きますので、修理業者は依頼が
多すぎてすぐに対応ができないわけです。そこで、私は故障する時期の少し前に自分で点検をして早めに対応す
るようにしていました。機械の知識も少なからず必要です。業者が修理に来た場合、私は必ず立ち会って何処を
どう直すのか見たり聞いたりして、修理の知識を培っていました。
<下水が詰まった、シャッターが開かない>
ようやくラーメン店の仕事にも慣れてきた三年目の冬のことです。いつも午後になりますと厨房の床をデッキブ
ラシで擦り水で洗い流していたのですが、その日はどうも排水溝の水の引きが悪いのです。その時はたまたまか
と思っていたのですが、夜になって全く水が引かなくなりとうとう溢れ出してしまいました。どうしてよいか分からず
本部に電話をすると、「業者に電話をしたほうが良い」 とのことです。あまり役に立つアドバイスではありませんが …。
早速、電話帳で調べ水道屋さんに頼んだのですが、「もう時間が遅いので」 と断られてしまいました。その間に
もお客様が来たりして焦るばかりです。店を閉めればよいのですが、何かもったいなくて閉め切れず、お客様が
来るのは嬉しいのですが、来たら来たで床が水浸しで上手く調理できません。私、決断力が弱いのです。
電話帳で他の修理業者を探していると 「二十四時間OK」 という業者がありました。祈るような気持ちで(大げさ
かもしれませんが、初めてのことでしたのでその時は必死です)お願いすると 「二十分位で伺います」 と返事を貰
いました。そのときの返事ほどうれしかったことはありません。その時点で既に床に溜まった水が限界に来てい
たのです。仕方なく店を一時閉めました。待つこと三十分、修理業者がやっと到着しました。
いかにも “水道修理します” というワゴン車でやってきた業者の方は一人でした。最初のうちは、何かしらの道
具で作業していたのですが、三十分程経つと私の方に近づいてきて、「この器具では時間があと一時間かかるか
ら、もっと強力な装置で作業をやらしてもらえないか?」 と聞くのです。当然、私は出来るだけ早い方がいいので
すから、「お願いします」と言いました。すると、但し料金は五万円だと言うのです。「ちょっと高いのではないか」
と思いましたが、早く営業を再開したかったので迷っている時間はなく了承しました。
業者の方は最初に使っていた道具を手にして車に戻り、次には大きく太めのワイヤーをまとめたような器具を
持ってきました。そして作業を始めると、ものの二十分で直りました。私としては直ったのは嬉しいのですが、「た ったの二十分で五万円」
は正直、納得できないものがありました。仕方なく支払いを済ませ、営業を再開したの ですが 「業者に足元を見られた」
ような気がします。私の焦る心を見透かれた気分です。
このときの件でいろいろと考えました。下水が止まるのは突然ですので、その度に業者に依頼していたのでは
大変な出費です。そこで、業者が使っていたのと同じような器具が売っていないか探しに行くことにしました。器具 さえあれば自分で修理が出来ると思ったのです。
次の休みの日、ホームセンターに行きますとすぐに見つかりました。一万円で販売されていました。それ以降、
下水が詰まってもその器具で自分ですぐに修理することが出来、無駄な出費はしないで済むようになりました。そ
れにしても、知らないということは本当に損なことです。
それから数ヶ月後、今度は電動シャッターが壊れました。朝、店に着いてシャッターを開けようとスイッチを押し
てもウンともスンともいわないのです。これまたどうしていいのか分かりません。そこで隣のお店のご主人に聞き
に行くと、お店の後ろに水道メーターの入口があり、そこから中に入れると教えてもらいました。
教えられたとおりに後ろに回って確かめてみると、縦・横五十cmほどの扉がありました。管理人さんから鍵を
借り、扉を開け、お隣りのご主人から教わった通り壁をカナヅチで壊しました。壁を打ち壊すことに躊躇はしまし
たが、中に入らないことにはどうにも出来ないので、仕方がありません。人間一人がやっと通れる位の穴を開け、 私は腹ばいになって中に入りました。
中に入るとそこは店内の倉庫でした。私は水道メーターが店舗のどの位置にあるのか見当がつかなかったの です。
シャッターが下りた店内は真っ暗でなにも見えません。私は取り敢えず店内の蛍光灯のスイッチを入れてみま
した。すると店内の蛍光灯はつきます。次に、店内にあるシャッター用のスイッチを押してみました。しかし、やは りシャッターは動きません。考えた末、私は
「電動シャッターだから電気屋さんで修理出来るのでは?」 と思い電 気店に修理依頼の電話をしました。
そうこうしていると、管理人さんが “このマンションを建設した企業に勤務している人” を連れて来てくれました。
管理人さんには、鍵を借りるときに電動シャッターの故障を話していたのですが、「マンションを建てた人なら詳し いことがわかるのではないか」
と管理人さんが気を利かせてこの方に連絡をとってくれたのです。
管理人さんに伴われてやってきたその方は、50才半ばと見える小太りした男性でした。男性は私と同じように
水道メーターの後ろに開けた穴から店内に入ってきてくれました。男性は店内を一通り見渡したあと、シャッター
のスイッチの前に立ち、スイッチの真上あたりの天井を見つめていました。
なにかを探しているような目つきで、しばらく天井を見つめたあと独り言のようにつぶやきました。
「この店舗のシャッターは手動でも開けることが出来るんだよなぁ」
それから椅子を壁の前に置き、椅子の上に立ちあがりました。そして、手のひらで天井を何カ所か叩きだしまし
た。なにかを探しているようです。ある位置で手を止めると、そこを押さえたまま私に聞いてきました。
「たぶんここらあたりだと思うけど天井を壊してもいいかな?」
さすがに考え込みました。シャッターが開かないことにはどうしようもないのですが、かと言って天井に穴を開け るとなるとまた修理費がかかります。男性も
「絶対ここだ!」 という自信はなさそうです。
どうしようか考えあぐねていると、先ほど連絡していた電気屋さんが来ました。電気屋さんは、スイッチを押した
りして調べた後、ブレーカーの場所を聞いてきました。電気屋さんはブレーカーの前に立つと、「スイッチを押し て」
と私に呼びかけました。私は電気屋さんの声に合わせるようにスイッチを押してみました。すると…シャッター
が上がり始めたのです。シャッターの上がり具合に合わせて外から光が差し込んできました。本当に嬉しかった です。やっと安心できました。
結局、故障の原因はブレーカーの接触が悪かっただけでした。たったそれだけのことで倉庫の壁に穴を開けて
しまい大騒動でした。それ以来シャッターが開かないことは一度もありませんでした。それにしても、店内の天井 に穴を開けなくて本当によかったよかった…。
<天井が回った>
朝から「今日は身体が重たいなぁ」と思っていた日のことです。お店でトイレに入ってしゃがんだ瞬間、急に目が
回りだしました。私はこのような経験は始めてでしたので自分でもびっくりしました。まず自分に落ち着くことを言
い聞かせ大きく深呼吸をしました。深呼吸を十回くらいしたでしょうか、ようやく治まってきました。その後何日か
おきに同じ症状が出ます。何故だろうと考えてみました。やはり生活状態が良くないのが原因だと思われます。
私、それまでは朝食は菓子パンを一個だけ、昼はラーメンを食べるか家からおにぎりを持ってきて二個ほど、忙
しい日は食べる時間がないので夕方の四時過ぎにほんの十分ほどで済ませるという有り様でした。そして夜にな
って初めて、深夜の一時過ぎにやっとゆっくりと晩御飯を食べるという食生活を続けていました。しかもその間お
腹が空いて我慢できないときは、缶コーヒーと煙草で誤魔化していました。
自宅や店で目が回る状態になるのはまだ良いのですが、店に車で向かっている時に目が回り始めたことがあ ります。この時は焦りました。自分でも
「あ、回りそうだ」 と分かるのですがどうしようもありません。取りあえず車
を道路端に停め治まるのを待ちました。それまでの経験上、目を瞑り深呼吸をして静かにしていると治まるのが
分かっていました。しばらくして休んだあとに走り出し、無事に店にたどり着いたのですが運転中に症状が出るの
は危険です。それから本気で食生活を見直すことにしました。
まず缶コーヒーを一日十二、三本飲んでいたのを三本に抑え、煙草の本数を減らしました。何より食べる種類
を意識するようにしました。それまではあまりにも偏りすぎていましたし、ただ空腹感を抑えるためにだけ食べて
いるという感じでした。そうしたことを改めてから目が回るということもなくなりました。栄養を摂るということは人間
が生きていくうえでとても大切なことだ、と実感した出来事でした。
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店舗を運営するうえでの修理費というのもバカにできません。私の場合、冷蔵庫だけで三年間で五十万円以上要しました。これも少しの知識があれば半分の出費で済んでいたはずです。このことは冷蔵庫だけに限りません。また、ランニングコストに関しても同様です。知らないことがそのまま収入減につながります。
<第3回> 肝銘(肝に銘じること
≪ 店を構えるには機械類、設備について浅くとも広い知識が必要だ。≫