PR

脱サラをする前に*リンクフリー 全頁無断転載禁止 

脱サラをしてラーメン店を始めたい人に役に立つ講座

第13回

いろんなお客様がいます。

<お客様あれこれ>

 普通、お客様は 「自分がその店にどのくらいの割合で食べに行っている」 か、又は 「最後に行ったのはいつ か」 などと覚えていません。しかし店側、私はお客様が何回目の来店か、前回はいつ来たか、など覚えていまし た。領収証を必要とする方をメモまでしていました。それほど注意深くお客様を見ているのです。そうしますとお客 様のいろいろな面が見えてくるようになりました。

 お店に食べに来るお客様は実に様々ですが、大きく分けて二通りに分けることができます。一つは目的を持っ て来店される方、他方は偶然店を知って、または通りがかって来店される方です。
 前者は 「いい意味」 でも 「悪い意味」 でも私の知り合いか、もしくは当店のことを知っている人に当店のことを 聞いてわざわざ来る方です。この “わざわざ” 来る方たちは特徴があります。それはドアを開けて店内に一歩入 る時に必ず私の顔を見ます。後者の方はそういう入り方をほとんどしません。前者の方たちは店が 「どうのこう の」 というより店の店主がどういう人物かを一番に見るのです。興味津々の顔です。これは皆さん無意識の行動 ですので、当人も気付いていないと思いますが…。またそういう方は、その時の目が違っているのです。何と申し ましょうか、ランランとしているのです。その “わざわざ” 来店した理由が 「良い意味」 の時と 「悪い意味」 の時と がありますが、それはその後の注文の仕方で判断できます。それを見て私は心構えをするのです。
 この場合 「悪い意味」 の時は大変です。何の業種に限らず、店を構えているとこういうケースはあります。一般 の小売業と異なり飲食店などの様に座って店内に滞在する時間が長いと尚更です。店を開いているということ は、お客様が無差別で入店してくるのですから防ぎようがありません。
 ある日、夜の時間帯に(こういうケースはほとんど夜ですが)中年男性にしつこく話しかけられてからまれたこと がありました。そのときは他にお客様も数人いて気まずい雰囲気です。あまりしつこいので、返事をしないように しました。するとさらに怒って 「俺にケンカ売っているのか?」 と迫ってくるのです。私は、力も弱くケンカも強くは ありませんのでケンカなど売るはずがありません。困っていると、たまたま団体のお客様が大きな声で話しながら 入店してきました。その団体の雰囲気に男性は気後れしたのか、すぐにお金を払って出ていきました。ラッキーで した、ハハハ…。
 そういえばオープン当初はよく味に難癖をつけられました。二年目を過ぎるとそういうお客様は急に減るのです が、これは新規開店の洗礼なのかもしれません。私の知り合いの方などは、新規開店した時に電話で 「今から 店を壊しにいくから待ってろ」 と言われ、その日は店を閉めたこともあると言っていました。新規開店はいろいろ なところに影響を与えるのです。

 次に、偶然来られた方の特徴とその方の生活の背景などを推察してみましょう。
 まず座る位置です。当店はカウンターとテーブルがあったのですが、はじめからカウンターに座る方は優しい方 です。なぜなら、なるべく店側に負担をかけないようにと配慮してくれているからです。テーブルに座るにしても 「テーブルでもいいですか?」 と尋ねる人は同様のことが言えます。
 このような方たちは、注文するときに 「~ください。」 「~お願いします。」 と必ず丁寧な言葉遣いをします。他人 に対して思いやりがある方です。たぶんこういう方たちは、接客業や営業職のようないつも相手に気配りをする 仕事をしているのでしょう。売る側の大変さを知っている人達です。「主客一如」 という言葉があるのですが、私 は店内がこのような状態になるととても嬉しかったのです。ラーメン店をやっていて本当に良かったと思える瞬間 なのです。しかもそのようなことは少なからずありましたので、まだまだ日本も捨てたものではないと実感していま した。特に若い方のほうがそうした振る舞いをする方が多いのには驚かされました。私が二十代の頃はそのよう なことを意識していなかったことを思うと尊敬に値します。

  『主客一如(しゅかくいちにょ)』
 主はお客様をもてなそうとし、また客はその主のもてなしに応えようと努力すること。


 店に入って来て、立ったままずーっとメニュー表を見て、当店で一番高い価格の料理を頼む人がいました。概し て、こういう人たちは両手をポケットに突っ込んでいることが多いのですが、この人たちは当店の 「味を試してや ろう」 と上から目線で考えていることが多いようです。バブルの頃により多くいました。日本全体が傲慢になって いた頃です。 当時は皆が浮かれていて、日本に謙虚さがなくなっていた時代です。当店に来ていたお客様もバ ブルの頃と十年後とでは感じが違っていました。バブルの頃は歩き方も自信に溢れていましたし、肩で風を切る ようでした。私はある意味、現在の日本人の方が好きです。謙虚さを持った本来の日本人の姿に戻ったような気 がします。
 冒頭で、お客様には 「目的を持って来店される方」 と 「たまたま来店される方」 と二通りのパターンがあると書 きましたが、そのどちらにも属さない 「グレーゾーンのお客様」 もいます。こうした方も二通りに分けられます。先 ほどと同じように 「悪い意味」 に近い場合と、「良い意味」 に近い場合です。
 前者は、最初から常連客になることを目的として来店します。
 オープン当初のことですが、あるお客様に対して私がものすごく「感じが良くていい人だなぁ」と感じ始めてきた 頃に、その方から 「ある団体」 に勧誘されました。その時に私は強く断ったところ、それ以来姿を見せなくなりま した。本当に油断はできません。
 グレーゾーンのお客様で、「良い意味」 に近いお客様は初来店後しばらくすると友人、知人を連れてきます。そ して店主と 「懇意である」 と友人、知人にアピールします。こういうケースは私としてもそれほど悪い気はしないの ですが、程度の問題です。他のお客様から見て 「感じが悪い程」 であれば、やはり距離を置くようにします。一番 悩むのがその人の持って生まれた性格が人なつっこいという場合です。つまり悪意がない場合です。本人は全く 下心なく普通に接してくれているのでしょうが、私は仕事中ですのでそれに応えることができず本当に申し訳ない 気持ちで一杯でした。この場を借りて、お詫びしたいと思います。
 このようにいろいろなお客様を紹介してきますと、当店のお客様は皆さん特殊な方々と思われるかもしれませ んが、決してそうではありません。あくまで 「特殊な方々」 を紹介しているにすぎません。全体的には、SMAPの 草彅君のように 「いい人」 の方が圧倒的に多いのです。だいたいにおいて、こういう特殊な方々はやはりオープ ン間もない頃に集中していました。私が想像するに、オープン当初はまだ私の顔が商売人の顔になっていなかっ たからであろう、と思われます。商売人として至るところにスキがあったのです。まだまだ心構えも面構えもなって いなかったのです。結局廃業してしまいましたが、少しはマシな面構えになったのかしらん…。

 当店にはテーブル席がありましたのでアベックの来店が多く見られました。その中の一組…。
 最初は女性の方が一人で数回来店していました。その後、彼氏と一緒に来るようになりました。なかなかの美 男美女でしかもおしゃれでお似合いのカップルでした。そうして定期的に来店していて、半年過ぎた頃。
 そのカップルが中年男性を伴って来ました。三人の雰囲気から察しまして、中年男性は女性の父親のようでし た。どうも深刻そうな雰囲気です。私の推測では、二人が結婚することに対して父親が意見を言っている様子で す。父親の話を若い二人が静かに聞き入っているふうでした。二人は 「結婚したい」 と思っているのに対して、父 親が反対しているように感じました。
 それから数ヶ月後、二人揃って久しぶりに来ました。結婚した雰囲気があります。幸せそうでした。それ以来二 人は来ませんでしたがどうしているのでしょう…。

 カップルで来ていた人たちが、一人ぼっちで来店すると別れたんだろうなぁと想像します。何組かいるのです が、思い出に残っている光景があります。
 いつもカップルで来ていた男性が初めて一人で来店しました。二十代前半です。その日はいつもとは違う席に 座りました。男性はカップルで来たときは、いつも真中のテーブルに座っていたのですが、その日は一番置くのテ ーブルに着きました。そして、今までビールなど注文したこともないのですが、その日はビールを注文しました。し かも、二本三本と追加していきます。そのうち泣き始めました。涙を流しているのです。私は見て見ぬふりをして いましたが、たぶん彼女と別れて青春の一ページを思い出しに当店に来たのではないでしょうか…。
 男性はそのうちに寝てしまいました。私は、起こすのもかわいそうに思い、他のお客様にも迷惑ではなさそうで したので、声をかけませんでした。結局、閉店時間まで二時間寝続けていました。閉店時間に起こしますと少しば かり驚いた表情を見せたあと、「すみませんでした。」 と頭を下げて帰っていきました。青春はいつも悲しいもので す。

 外国人の方が来ることもあります。私は自分の第一印象で勝手に決めていたのですが、アメリカ人、イギリス 人、フランス人の方が来ていました。アメリカ人の方は恰幅がよく、当店の椅子では座りきれないほどです。年齢 は三十才前後でしょうか、この方は日本の文字もある程度理解できるらしく、注文もスムーズにしてくれました。
 ある時、アメリカ人の方がご両親を連れて来られ、メニューを指差しながら英語でなにやら説明していました。ア メリカ人の方はどなたも入店する時素敵な笑顔をみせます。よく 「日本人は意味もないのに笑っているのは不気 味だ」 と外国から批判されされることがありますが、私からしますと、アメリカ人も同じではないかと思ったもので す。
 それはともかく、笑顔で入ってくる時私も 「負けてはいられない」 と日本人を代表する気持ちで思いっきり笑顔 で応えます。負けてはいられないのです。審判がいるわけではありませんから勝敗はつきようもないのですが、 妻に尋ねると「私の勝ち」とのことでした。妻は私の味方なのです。食べ終わって帰る時も戦いは行われ、私の勝 ち。私の二連勝です!ワッハッハッハ。
 このアメリカ人の方は友人を連れて来たこともあります。友人はラーメンを目にすると、なにやら大声で話し出し ました。そして、やおらにバッグからカメラを取り出し、ラーメンをいろいろな角度からシャッターを押しました。アメ リカに帰って、友人にでも見せるのでしょう。アメリカ国内で私のラーメンを見る人たちがいると思うと楽しいもので す。

 イギリス人の方は、お孫さんといつも一緒に来ます。日本語も流暢に話します。たぶん息子さんが日本人と結 婚して日本にずっと住んでいるのでしょう。逞しさを感じました。フランス人の男性の方は、おとなしい日本人とい う感じです。無表情で入って来て、もの静かに食べて帰っていきます。来るのはいつも冬の季節だったのですが、 いつも厚手の長い毛糸のマフラーを首に巻き、そして頼むのはいつもみそラーメンと決まっていました。あの外国 人の方々は、今でも日本にいるのでしょうか…。

 十年を過ぎた頃に、かつてカップルで来ていた方たちが、子供連れで来たこともあります。こうした光景は私に とってとても嬉しいものです。当店のことを覚えていてくれたことが嬉しいのです。ラーメン店冥利に尽きるといえ ます(しかし、もうそのようなことを思うことができずそれがとても寂しいです)。これはしかし、私が年を取ったこと を実感することでもあります。私が年を取ったのと同じように二十代の方が三十代になり、独身男性の方が父親 になり、大げさに言うなら人間の移り変わりを見ることができたことです。お客様は年を重ねるにつれ変わってい きます。
 例えば、定期的に来ていたお客様がある日突然、注文の口調やまたは料金を支払うときの態度などが変わる ことがありました。そうした変化に接するとき、大げさに言うならば、私はいつも人間というものについて考えまし た。人間は、生きていく中でいろいろな体験をし、そのたびに様々なことを感じ、そして考え方、またしても大げさ に言うならば人生観が変わるのだろうなぁ、と感激するのです。しかし、もうそんな感激を味わうことができないの が悲しいです。

 お客様の中で一番印象に残っている男性がいます。三十代半ばでしょうか。よく利用してくださっていました。そ の当時当店はいつも満席で、大変混雑していました。
 ある日、その方が注文したセットで一つ出し忘れていたのです。セットですので全部で三品あるのですが二品し か出していませんでした。とても混んでいましたので、パートさんはもちろん私も全く忘れていました。時間も大分 過ぎたのでしょう。その方は待ちきれず代金を払いにレジの所に来たのですがその時こう言ったのです。
「悪いけど時間がないから今日は帰るわ。」と、さりげなく出し忘れていたものを言うのです。私、これは申し訳な いと平謝りしました。それにしても、こちらが「出し忘れている」のを分かっているはずなのに “時間がないから” と言って戴くなんて私はもう感動です。実を言いますと、私はこのお客様のことを書きたくてこの項目を設けたとい ってもいいでしょう。「情けは人の為ならず」 と言いますが、本当にその情けに心を打たれました。本来はお客様 の立場ですから文句を言ってもいいのですが、それどころか恩着せがましいことも言わず本当にさらりと、さらり と言ったのです。
 自分を振り返ってどうでしょう。私はそこまで相手を思いやったことはあまりなかったように思います。本当に勉 強になりました。心からありがとうございました、と言いたい気持ちです。私も情けを人にかけて、巡り巡って自分 に回ってくるような人間になりたいと心の底から思った次第です。

 いろいろ書いてきましたが、結局は言い訳にしか過ぎません。脱サラは “経営は結果” であり、“勝てば官軍、 負ければ賊軍” なのです。やり方が間違っていた、という一言で片づけられてしまいます。又、そう言われても反 論できないのが脱サラです。例え反論しても、それは負け犬の遠吠えでしかありません。寂しいですが…。

 それでは最後にもう一度だけ負け犬の遠吠えを叫ばしてください。
 私は廃業後にいろいろと考えました。店を運営するには基本があります。私はそういった基本を走りながら学ん で実行に移していましたが、その先が私には欠けていたのだろうと思うのです。景気の良い時は基本を忠実に行 うだけで利益が出ますが、不景気の時はそれだけでは足りないということです。そこが私が失敗した最大の原因 です。

 『 好景気の時はどうすれば失敗しないかを考えろ
           不景気の時はどうすれば成功するかを考えろ 』



 決してうまい文章とはいえませんが、私が一国一城の主になろうとラーメンの世界に飛び込み失敗した体験を 綴ってきました。これを読んでそれでもやりたいという人もいるでしょう。決して、必ず失敗するということでもない のです。脱サラしてラーメン店を始めて大成功した人もいるはずです。只、成功の確率は極めて低いということを 覚悟して頑張ってください。
 私に関していうならば、ラーメン店時代を思い返してみると正直言って楽しかったことより苦しかったことの方が 多く思い出されます。脱サラしたことが良かったのかどうか、今でもまだわかりません。いい経験をしたとも言えま すし、十三年は無駄だった、もったいない期間だった、ともいえるかもしれません。人生に 「たら」「れば」 は意味 がありません。ラーメン店経験の良否の判断は人生の終わりにわかるのだろうと思っています。

  『 過ぎて悔やむな人生は 空ししく生きるな今日の日を 』

                            ということだそうです。


       ∞∞∞∞∞  ∞∞∞∞∞  ∞∞∞∞∞


 これからラーメン店を始めようと考えている方は少なくともその業界のことを本や雑誌などで調べていると思い ます。以前、書店で「独立辞典」なるものを読みました。そこにはラーメン店のことも書いてありましたが、ページ 数が少なくほんの上っ面な内容でした。又、違うコーナーでラーメン店だけの独立本をみつけました。しかし、そこ には抽象的なことしか書いてありません。それではこれから始めようとする人たちに真実の姿が伝わらないだろ うと感じました。
 外から見たり、聞いたりするのと実際に自分で行うのは大違いなのです。例えば、野球ファンが、プロ野球の中 継に映るバッターを指して「もっとコンパクトに振らなければ」などと評している光景を見かけることがあります。し かし、実際にバッターボックスに立つならば、スウィングの早さをうんぬんする前にプロのピッチャーの球の速さに 恐怖心を抱くでしょう。私は、この講座でその球の速さを具体的に伝えたかったのです。伝わりましたでしょうか?
 私の現役中に多くの方が廃業しました。しかし、その廃業した同じ店舗でまた新しく次の人がラーメン店を始め る事実を数多く見てきました。その繰り返しがこの業界の姿です。本講座を受講された方には少しかもしれませ んが、プロの球の速さを分かって戴けたと思います。もし始める方はそのことを肝に銘じて頑張ってください。
 それでは次回はいよいよ最終回です。最終回では私がラーメン店をやりながら社会についていろいろ考えたこ と、感じたことを綴ります。

第13回  肝銘

≪ 最後に決めるのは自分しかいない! ≫

脱サラをする前に*リンクフリー 全頁無断転載禁止 

PR