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脱サラをしてラーメン店を始めたい人に役に立つ講座

第9回

人に教える、人を育てることも勉強です。

<マニュアル>

 パートさん、アルバイトさんを採用した後に 「仕事を教える」 という重要な仕事があります。このとき、「接客業の 経験があるか、ないか」 で教え方は全く違ってきます。経験がある場合は一言でいって楽です。只、当店のやり 方を教えればいいだけですから。
 但し、注意しなければいけないのは経験がありすぎる人です。こういった方は自分のクセができてしまっており、 当店のやり方を自分流に変えてしまいがちです。当店のやり方を身につけ、そのようにやっているつもりでも自分 のクセが知らず知らず出てしまうのです。このクセもだいたいにおいてお客様の利益というより自分の利益の為 という場合が多いのです。それさえ気をつければ経験のない人よりはずっと早く戦力になります。
 当店にも居酒屋さんで働いていた人が来たことがあります。やはり、姿勢が居酒屋さんなのです。手の動き、顔 の表情、腰の曲げ方が居酒屋さんなのです。これは本人も気が付いていませんのでその度に説明するしかない のですが、接客の経験が長い人ほど直すのが大変です。当人にしてみますと、「ある程度仕事はできる」 という 自負心がありますので何度も指摘されている内にだんだんと嫌になるものです。結局、この方は三週間で辞めて しまいました。経験のある方は楽だと書きましたが、教えることは楽なのですがその後の精神的な部分はとても 神経を使います。
 求人広告で応募してきた人に次のような人がいました。
 その方は当店から遠くない飲食店で現在も働いている方でした。「何故応募してきたか」 といいますと、その飲 食店の店主が細かいことまで注意するので 「耐えられない」 ということでした。技術的には全く問題がないようで す。しかし、現在勤めている店主に対する不満をずっと話し続けていました。話を聞いているうちに、なんとなく私 自身のことを言われているようでもありました。
 このような方は当店に来ても同じような不満を感じるでしょう。当店のマニュアルを守るのは無理だろうと思われ ました。当然、私は不採用の連絡をするつもりでいまししたが、翌日早くにその方より電話があり 「今回のことは なかったことにして欲しい」 とお願いされました。私はもちろん快諾し、内心ではホッとしていました。採用を断る のも神経を使い疲れますのでその手間が省けてよかったのです。
 それにしても、私に対して自分が勤めている(しかも遠くない)飲食店の店主の欠点を滔々と述べるのはいただ けません。

 接客業の経験がない方の場合はまず 「接客すること」 に慣れてもらうのが一番大事です。これが時間がかか ります。しかし、慣れてくると経験があってクセのある人より忠実に当店のやり方を実行してくれます。
 「パートさん」 「アルバイトさん」 と言いますが、求人広告会社の営業の方にその定義を聞いたところ、法律的な 根拠はないそうです。一般的に主婦を 「パート」、学生を 「アルバイト」 としているようでした。求人広告会社の営 業の方には人を雇用する上での基本的なことを教えてもらいました。
 例えば、従業員をクビにするには 「一ヶ月前に通告する」 か、もしくは 「一ヶ月分の賃金を支払わなければなら ない」 とか、「十八未満の人を夜十時以降は働かしてはいけない」 などいろいろな法律があります。こうしたこと を知っていくに従い、会社員という身分が 「いかに法律に守られているか」 を実感しました。自分が雇用する側 に回って初めて知った驚きでした。こう言ってはいけないでしょうが、それらの法律が雇用する側である私にとっ ては「大きな足かせ」となる、と思ったものです。

 時間給で働く主婦の方を主にパートさんと言いますが、そのパートさんにも二通りのパターンがあるように思い ます。 一番目のパターンの方は 「結婚前に実社会である程度の年数、そして責任を持たされて働いた経験が ある」 方です。 二番目のパターンの方は「過去において、実社会で働いた経験が全くないか、もしくは一、二年 ほどしか働いた経験ない」方です。
 どちらも、子育てが一段落し子供に手が掛からなくなったり、時間的に余裕が出てきたことがきっかけで外に働 きに出るようになった方です。両者のうち、実社会である程度働いた経験のある一番目のパターンの方は仕事に 対する厳しさを知っています。言い換えるなら「お金(給料)をもらうことの大変さ」を知っているのです。こういう方 が最も教えやすいのです。
 ところが、社会でそれほど働いた経験がないまま年齢的に中年になった方は困ることがあります。外に働きに 出るまでは家庭の中などで人に命令されたことがないのです。長い年月の間そのように生活してきたため私の指 示に対して頭では分かっているのでしょうが、どうしても反発心が出てきてしまうことがあります。
 私は仕事中にサンダルを履くことを禁じていました。サンダルですと 「危険である」 ということと最も大事な理由 で「素早く動けない」 からです。
 ある時、新しいパートさんがサンダル履きでやってきてそのまま働いていました。私はサンダルを靴に変えるよ うにお願いしました。ところが不満そうな表情になり反発されてしまいました。仕事が終わったあと話し合いをし説 明したのですが、パートさんは納得しないまま帰宅してしまいました。
 翌日、そのパートさんはサンダルを履いては来たのですが手には運動靴を持っていました。…説得が実ったの です。そのときは本当にうれしかったです。やはりパートさんにしてみますと、それまで家の中で誰にも文句を言 われることなく生活していましたので、つい反発心が出てしまったのでしょう。年齢的にもパートさんは私より上で あることが多く、年下の人間に指示される、命令されることに不快な気持ちが出てくるようです。そうした状況で、 店のルールを守ってもらうことは簡単ではありません。パートさんを雇用する際は、こうしたことも考慮に入れなが ら教えなくてはいけません。本当に神経を使うのです。

 アルバイトさんの場合は年齢が若いことが多く素直です。それにしても驚くのが、高校中退者が多いことです。 当店のような小さな店にはそういう人が応募しやすいという事情があるのでしょう。新聞で高校中退者が多いこと は報道されていますが、私は身をもって感じています。
 そうした若い人は、働いている姿を見ていますと、皆さん性格的に問題があるわけではなく、仕事ぶりも真面目 です。何故そのような人が高校を中退するのか不思議でなりませんでした。高校進学率は九十五パーセントを超 えているそうですが、そこに無理があるように思えてなりません。皆さんの性格は真面目なのですから、ただ学校 の勉強が嫌いなだけでしょう。それならば、高校などに行かずに手に職をつけるなり別の道を選べばいいように 思います。しかし、社会や親がそれを許さない現状があります。これが根本的な問題です。
 私の店では、基本的にアルバイトさんは大学生がほとんどでした。高校生が応募してくることもありましたが、パ ートさんのところでも述べましたように、高校生はまだ 「働いてお金を得る」 という社会人としての根本的な考え 方を持っていない人が多かったのです。ですから、稀な場合を除いて断っていました。
 稀な場合とは、社会人としての基本ができている場合です。私は、アルバイトさんに必ず言う言葉がありまし た。それは “会釈とお辞儀は違う” ということです。この言葉は私も本を読んで知ったのですが、この言葉は 「自 分は仕事をするんだ」 「趣味でやっているんではないんだ」 ということを最も表しているように感じられました。こ の言葉をアルバイトさんに言うことによって、アルバイトさんに 「仕事に対する自覚」 を促していたのです。
 大学生のアルバイトさんは二十才前後ですので仕事の覚えも早く、「働いてお金を得る」 という根本的な考えを 高校生よりも持っていましたので教えがいもありました。また、大学生活の様子を聞くことも私にとって楽しみでし た。話を聞くことによって私自身が若返るという効果もあります。只、十年を過ぎたあたりから私も四十歳を過ぎ てしまい、大学生から見ると兄という感覚からオジサンという感じになっており、コミュニケーションが取りづらくな っていたのは悲しいことでした。

 マニュアル人間という言葉があります。どちらかというとあまり良い意味では使われないようです。マニュアルに 書いてあることしかしない。又はできない。臨機応変がきかない、などと言われます。
 先日もファミリーレストランに行った方が 「自分の要望をそこのウェイトレスが叶えてくれない」 ことに対して 「マ ニュアル人間だから駄目だ」 という新聞投稿が載っていました。この場合、この方の要望が通らなかったのはそ の 「店の方針」 によるものか、もしくは従業員の方が 「マニュアルを守らなかった」 からであり、マニュアル人間 とは全く関係がありません。マニュアルとはその店の方針を具体化したものであり、従業員はそれを行う義務が あるのです。
 そもそもマニュアルとはどうして必要となったのでしょう。この言葉を最もポピュラーにしたのはやはり銀座に一 号店を出した大手ハンバーガーチェーンでしょう。あの 「いらっしゃいませ」 「お持ち帰りですか?」 などは有名で す。しかし、それ以前から流通業などにマニュアルはありました。現在ほどきめ細かくはなかったのかもしれませ んが接客十大用語などとしてあったのです。ただ、徹底して忠実に行われてはいなかったのだと思います。それ を行ったところが大手ハンバーガーチェーン店の “すごい” ところなのです。
 大手ハンバーガーチェーン店の従業員はアルバイトが大部分を占めています。そのアルバイトを戦力にするた めにはどうしてもマニュアルが必要だったはずです。マニュアルによって全くのド素人をその店の方針を具現化す る従業員とすることができるのです。マニュアルを守っている従業員の行為がおかしいと思うなら、それはそのマ ニュアル人間がおかしいのではなくそのマニュアルが間違っているのです。そして店側もそれを認めるならマニュ アルを変えればいいだけです。もし臨機応変さがないというならマニュアルにそれを加えればよいのです。ただ、 もっと内容の細かいものになるでしょうが…。
 実際に、アメリカの大手流通チェーンのマニュアルには 「その時のあなたが最善と思う行動をしなさい」 という 項目がある、と雑誌に載っていました。この場合、“会社” が最善と考えるのではなく、お客様にとって “あなた” が最善と考える行動をとるということです。しかしここまできますと、従業員個人の経験と資質が必要になり若い 素人の従業員にはマニュアルとはいえない気がするのですが…。
 先程の大手ハンバーガーチェーン店に最近行って思うことがあります。接客の仕方が以前のような「元気の良 さ」というか、「しつこさ」というか、そういったものが感じられなくなりました。昔でしたらもっと活気のあるきびきび した雰囲気がありました。これはマニュアルを変えたのか、もしくは徹底することが弛んでいるのか分かりません が…。
 それはともかく、マニュアルは全くの素人を戦力にするには必要です。そこで私も作ったのですが、うまく機能し ませんでした。理由は、当店の場合ではアルバイトの人と私と二人きりであることでした。このような状況で、あま り細かいことを書くとアルバイトの人にはとてつもないプレッシャーとなってしまいます。私としては、一番困るのは 辞められることです。そこでマニュアルはやめ、そのときどきのケースバイケースで教えることにしていました。い わゆるOJTと言われる方式です。この方式ですと教えるのに時間がかかりますが、当店のような小さな店ではこ れが最適だったように思われます。

 『 仕事に慣れても、仕事に馴れるな 』

<マスコミについて>

 グルメを特集する雑誌やテレビが多い昨今です。ラーメンを特集することも多く、やはり雑誌の売り上げや視聴 率が上がるようです。私も、ある人がラーメン店を立ち上げる様子をドキュメンタリー調にした番組を見たことが ありますが、あまりいい印象は持ちませんでした。それは、あまり事実を伝えていないと思えたからです。ドキュメ ンタリー調と言っても、そこにはやはり視聴者受けを狙って演出が入っている気がします。あくまであのような番 組は真実の一部分しか伝えていないと考えて見るべきでしょう。雑誌などで取り上げている 「おいしい店」 という のも同様のことがいえます。雑誌の内容を記事ととらえるか宣伝ととらえるかで変わってきます。その雑誌を見て わざわざ出かける人は記事としてとらえているのでしょうが、その記事がお店側のアプローチであるとするならば 宣伝ととらえるべきです。
 数年前に原子力エネルギーについて政府がその必要性、安全性を記事のような体裁で新聞に載せたことがあ りました。そのときに、反対派の人たちから 「宣伝広告」 か 「新聞記事」かが曖昧だと非難されました。グルメ雑 誌にも同じ様なことがいえるのではないでしょうか?
 “行列が出来る” といって有名なお店というのも、“行列が出来る” からマスコミに取り上げられるのか、“マスコ ミに取り上げられる ”から “行列が出来る” のか判断に迷うところです。只、行列に並んでいる人には近隣の人 は少なく、遠方から来ている人が多いようです…。
 中には、「どうやってマスコミに載せようか」 とばかり考えているオーナーもいるようです。これも一つの考え方で しょう。しかし、飲食店のオーナーが 「お客様のほうに目を向ける」 のではなく、「マスコミのほうに目を向けて」 調理をしている姿には悲しいものがあります。
 また中には、マスコミで紹介された店と同じ料理、雰囲気の店を作ろうとするオーナーもいます。仮に、うまく真 似ができたとしても同じように繁盛はしないでしょう。真似をするオーナーは 「なぜ繁盛しているか」 を勘違いして いるからです。
 それはともかく、宣伝はとても大事です。

 『 宣伝なくして繁栄するのは造幣局のみ 』

<FC本部とコンサルタント>

 脱サラをする前の話ですが、コンサルタントを職業としている方とお話しする機会があり、どうして自分で開業し ないでコンサルタントなのか? と聞いたことがあります。コンサルタントをやるからには多くの知識とノウハウが あるはずです。その方が言うには、実際にお店をやるのに一番必要なのは “やる気だ!” と言っていました。ど んなノウハウよりも “やる気!” がなければうまくいかないそうです。
 私は、何も知らずに分からずに始めたわけですが、それでも “やる気” だけはあったように思います。性格的 にも、ラーメン店が合っていたのでしょう。その意味でいうと、私は知識や技術よりも “やる気” だけで続けられた と言えなくもありません。極くたまに、「上手くいかない」 からとコンサルタントに全てを頼る人もいます。そういう人 がいないとコンサルタント業も成り立ちません。しかし、全てを頼る前に自分で何とかするという “やる気” が大事 ではないでしょうか? 書店に行けば飲食店経営に関する本はたくさんあります。それを自分で勉強するという “やる気” がなくてはなりません。そして、考え決断し実行に移すのはあくまで自分なのです。
 FC本部についても同じだと思います。FCと言っても金銭的に責任を負っているのは自分なのです。本部は借 金の肩代わりをしてくれる訳ではないのです。良い悪いは別にしてFC本部は加盟店を増やすことが利益につな がるという面があります。しかし、それを非難しても仕方がありません。FCとはそういうものなのです。もし、それ を理解せずにFCに加盟するならそれは無知の罪です。そしてそれを承知で加盟したならその選択をした責任が あるのです。
 FC本部は加盟金や指導という名目でロイヤリティーを取ったり、食材にマージンを掛けたりして利益を上げま す。それぞれのFCによりそのやり方はまちまちです。しかし、究極的に考えるならば、もしあなたがある儲けるノ ウハウを考えついたなら、それを他の人に教えることなどしないと思うのですが…。このように考えますと、FCと いうシステムはアメリカで始まったらしいのですが、その形態はもう少し違う方向に変わっていくのではないかと思 います。
 尚、私は開業して五年後にFCを脱退しました。しかし、五年間はお世話になったわけですから、やはり感謝の 気持ちを伝えることも大事です。脱退に際しては円満にしたいものです。その事も考慮に入れて、FCを選んだつ もりです。本部に対して多少の不満はあってもそのFCを選んだのは自分です。選んだ自己責任があるのです。 脱サラはこの自己責任という言葉に集約されます。自分では納得のいかないことでも最終責任は自分に返ってく ることを覚悟していなければなりません。

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 パートさん、アルバイトさんに仕事を教えるということは私にとっては自分と他人は違うということを実感すること でした。赤ん坊に教えるのではなく、成年以上の人が対象ですから皆さん自分の意見や考えを持っています。そ してそれを変えてもらうのは非常に難しいのです。その時に思ったことはとにかく辛抱することです。

第9回  肝銘

≪ 仕事を教えることは自分との戦いだ。≫

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