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脱サラをしてラーメン店を始めたい人に役に立つ講座

第10回

清潔感を保つのも仕事です。

<ワックス>

 飲食店に携わっている人でなく一般の人でも 「店はきれいにすべき」 とは考えます。もちろん私も同じように考 えていましたが、ラーメン店を開業してからも数年間はまだ一般の人のレベルでしかなかったように思います。
 その証拠に、三年目くらいまで毎日の作業の中に厨房内の掃除は入っていたのですが、ホールに関してはそ れほど熱心に 「きれいにする」 という気持ちも起きていませんでした。その程度のレベルですから、床に 「ワック スを塗る」 などという発想もありませんでした。それでも一応、毎朝開店前にホールの点検や準備をパートさんに お願いしていました。例えば、テーブルの上を拭いたり調味料を補充したり床を掃いたり軽くモップをかけたりな どです。
 ある日、床にモップをかけていたパートさんが 「ワックスはどれくらいの間隔で塗っているんですか?」 と尋ねて きました。この質問は、私にしてみますと青天の霹靂に近い質問でそのときまで考えたこともありませんでした。 それからです。「ワックスを塗る」 ということを意識するようになったのは…。
 それまでは、例えば床のあるところが黒くくすんでときはそこを床ブラシで強くこすって黒いくすみを取るだけで 終えていました。また、一部のクロスが剥がれていても気になることはなく、「剥がれを直そう」 などという考えは 及びもつかないことでした。恥ずかしながら、開業後の数年間はこの程度の清掃に対するレベルだったのです。
 しかし、不思議なもので 「ワックスを塗る」 ことを意識するようになってから、床のクロスが少しずつ剥がれるの も 「ワックスを塗っていないから」 と思うようになりました。そのようには思い始めていましたが、「定期的にワック スを塗る」 となりますと、そのための時間の確保や洗剤や用具を揃えるなどそれなりの準備も必要です。そうした ことを考え合わせますと、なかなか決断に至りませんでした。ですが、毎日清掃をしながら床を見ていますと、や はり 「ワックスを塗らない」 ことのデメリットが頭の中で大きくなり、そしてついに定期的にワックスを塗る決断をし ました。
 結論を言いますと、ワックスと床の剥がれに関連はなかったようですが、「ワックスを定期的に塗る」 一番の効 果はなんと言っても 「店内がきれいに感じられる」 ことです。また、モップをかける際に、モップの滑りが驚くほど スムーズになることです。その感覚は実に爽快でした。
 ワックスを初めて塗ったときは感激しました。床が見違えるように輝いて見えました。それまでは 「きれいでな い」 ことに目が慣れてしまっていて、気が付かなかっただけで本当は汚かったのです。
 「定期的にワックスを塗る」 ことを決めたとき、「専門業者に頼む」 方法も考えなくはなかったのですが、やはり お金がかかります。私にはそんな余裕はありませんでしたので自分ですることにしたのですが、ワックスを専門と する業者がいるくらいですから簡単ではありません。それを素人の私が自分でやるのですから本当に大変でし た。三日がかりでした。
 時間的に考えて、作業はどうしても閉店後ということになってしまいます。そして椅子やテーブルを動かし、乾か す時間を考えるとどうしても最低三日間はかかるのでした。
 「ワックス塗り」 を決めてから私はいろいろと調べました。ホームセンターに行き 「塗り方が説明されている」 小 雑誌なども集めました。そうしてそれなりに下準備をしてから臨みましたが、実際に塗ってみますと 「読む」 と 「や る」 では大違いで、全くきれいに塗れませんでした。どうしてもまだらになってしまいます。
 「ワックス塗り」 で一番難しいのは 「均一性」 です。「均一」 の厚さに塗るのが難しいのです。素人が塗ります と、どうしてもムラができマダラ模様ができてしまいます。簡単そうで実はこれが職人業の領域です。
  ワックスは二~三ヶ月に一回の間隔で塗るのですが、ワックスを塗る前に最も大切なことは、塗る前にクロス 表面をできるだけ 「きれいにする」 ことです。これに手を抜くなら、そのあとにどれだけきれいにワックスを塗った としてもワックスの輝き効果は半減します。
 次に大切なことは、できるだけ 「薄く塗る」 ことです。もし、ワックスを厚めにしたいならば二度塗りをすることで す。決して 「長持ちさせよう」 として一度に厚く塗ったりしてはいけません。面倒だからといって、一度に厚く塗って しまうとその次に塗るときに悲惨なことになります。
 先ほども書きましたように、ワックス塗りの成功を決めるのは、事前準備としての 「表面をどれだけきれいにで きるか」 です。ですから、クロス表面を洗剤とブラシを使ってゴシゴシ力を入れて洗います。しかし、洗剤では絶対 落ちない汚れがあります。それが、実はワックスなのです。「一度に厚く塗った」 ワックスは強力な汚れとなってそ の次以降のワックス時も残ってしまいます。そして、これがマダラ模様となって、尚一層、ワックス塗りの成功を阻 害する原因となります。この原因を作らないために、ワックスは絶対に厚塗りをしてはいけないのです。
 厚塗りをしなくとも、ワックスはやはりある程度残ってしまいます。それが原因でマダラ模様になりますので「なに かよい方法はないか」と探していました。そのときに見つけたのが「剥離剤」という溶液です。つまりワックスをき れいに剥がすための液体です。早速試してみました。
 この剥離剤というのは 「ワックス剥がし」 専用の溶液でした。確かに、普通の洗剤よりはワックスを溶かす効能 は高いようでした。しかし、ワックスを溶かしたあとにナイフのような器具で「擦り取る」作業が必要でした。私は、 「溶液」と書いてありましたので簡単に「ワックスを溶かす」ことができると思っていたのです。
 この 「擦り取る」 作業は思いのほか大作業で、時間がかかることがわかりました。なにしろ、一回に一平方メー トルずつしかできなかったのです。また、擦り取ったあとのカスを集めるのも大変な作業でした。結局、この 「剥 離剤」 を利用するのは正月休みやお盆休みなど、長期間店を休めるときだけにしました。正直な感想としては、 あまりよい方法とは言えなかったのです。
 その後は、ワックスを薄く塗ることだけを心がけ、職人業を取得するべく励んだ次第です。
 ワックス塗りには思い入れがあるのでつい詳しく書いてしまいましたが、ラーメン店をやっていると清掃について も詳しくなってしまいます。

 店内は清潔感がとても大切ですので年末の大掃除は、普段はあまり時間をかけないところを重点的にきれい にしていました。特に、内装の壁紙とダクトは年末大掃除の中心となる個所です。
 当店の壁紙は白でしたのでどうしても黒ずんでしまいます。壁紙は洗剤をつけて拭くだけで済みますがダクトは 位置的にも構造的にも簡単にはいきません。ですからやはり大掃除といえば厨房内のダクトの中の汚れをきれ いにすることが中心になります。
 ダクト内の油は黒く固まっておりちょっとやそっと削っただけでは落ちません。この黒い油も、ワックスのときと同 様に、ナイフのようなもので削り取る以外に方法はありません。最初にダクト内を見たときは、あまりの頑固な油 ぶりに、どのように対処してよいのかわかりませんでした。しかし、業者が作業している様子を見て覚えたので す。
 六年目ぐらいだったでしょうか、それまでは洗剤をつけてふき取っていたのですがほとんど落ちません。そこで 専門業者に頼んでみることにしました。
 業者の人は四人でやってきました。私が想像していた専門業者の清掃方法とは、業務用の特別な機械があ り、それを使って 「一発で終わるもの」 と思っていました。しかし、実際の作業はなんと!、機械など使わず人間 がただひたすら手作業で行うものでした。四人がいっせいに頭にタオルを巻き、黙々と削り取り始めるではありま せんか。こんな原始的な方法をするとは思いもしませんでした。
 作業の様子を見ていますと、やはり専門の方ですので慣れていますから手際は良いです。それでも三~四時 間はかかりました。なんと言っても手作業ですから時間はかかります。この作業で、料金は十万円ジャストでし た。う~ん、ちょっと高いかな…。
 そのリーダーの方が言うには、油には植物性と動物性がありそれによって薬剤を使い分けなければならいそう です。それにしても、なにかしら機械的な道具を使うなりしてもう少し早くきれいにする方法があるのではないかと いう気がします。

 普段から清掃には気を配りワックスを塗ったり大掃除の時に壁紙を拭いたりしていましたが、やはり年月が重 なることによる汚れが目立つのはいかんともしがたいものがあります。そこで、思い切って床のクロスと壁紙を張 り替えることにしました。
 九年目のことです。そのきっかけは床の目立つところのクロスが剥がれ取れてしまったことでした。それまでに も少し剥がれかかってはいましたが、なんとかごまかしがきく程度でした。しかし、その時の 「剥がれ」 は床に穴 があいているようで感じのいいものではありませんでした。
 業者に金額を見積もってもらいますと 「二十五万円で床と壁、全てリフォームができる」 という返事でした。私 は、「将来、改装をする」 心積もりはありましたが、その時点では大掛かりな改装は資金的にも時期尚早と考え ていました。そこで、そのときまでの 「つなぎ改装」 にしようと考えたのです。
 業者の方は、床と壁を全部張り替えるのをたった一日でやってくれました。これは嬉しいことです。店の定休日 にやりましたので営業日を減らす必要がありませんでした。
 張り替え工事をする際に 「どの色にすべきか」 悩んだのですが、そのときに 「壁紙の色によって店内が広く見 えたり狭く見えたりする」 ことを業者の方に教えてもらいました。業者の方は 「色に関する資格」 を持っている方 のようでした。たかが色と思っていましたが、色を変えるだけで店の雰囲気が全く違うように感じるのには驚きま した。結局、私や妻のような素人が選ぶより、「その道のプロに方に選んで貰ったほうがよい」 ということで業者 の方に決めてもらいました。壁紙やクロスを張り終えたあとの店内を見て、「やはりプロはすごいなぁ」 と感心しま した。店内はとてもきれいで見違えるようになりました。
 せっかく二十五万円もかけて工事をしたのですから、お客様の反応が気になります。工事の翌日から、いつに も増してお客様の反応をうかがっていました。
 お客様たちが 「壁紙を張り替えたことに気付いている」 のは分かりました。口にこそ出しませんでしたが、壁紙 を注意深く見たり触ったりしていたからです。その表情から察しますと、好印象を与えたようでした。
 しかし悲しいことに、「床のクロスを変えたのまでは気がついていない」 のです。これはとても残念なことでした。 このことは、私が意識していたほどお客様は床クロスの汚れについて意識していなかったことを表しています。も しかすると、壁紙が新しくなったことに気を取られていたからかもしれません。けれど、床クロスに気がつかなかっ たことは事実です。私は少しばかりがっかりしました。私からしてみますと、以前より数段きれいになりましたし、 柄も良くなったと思ったのですが…。お客さまの心の中を読むのは難しいものです。

<職住隣接>

  お店を始めた当初、自宅と店舗は車ですと十分、自転車ですと二十五分ほどの距離でした。前にも書きました ように、店舗を探してくれたのは本部ですが自宅からの距離は理想的なものでした。労働時間が長いため通勤 時間は短くなければお店を続けられません。通勤距離が遠いため店を閉めた例があるほどです。休みの日も店 に立ち寄らなければならないことが多く、又アルバイトの人が急に休んだり、急にものすごく混んだりしたときに妻 に電話をしてすぐに来てもらえる距離でした。
 新しいアルバイトの人が入ったときに、妻に急に来てもらわなければならないケースがあります。いわゆる研修 期間中、つまり仕事を教えている段階の時は新人さんに私と妻のどちらかがつきっきりで教えますので三人が働 いていることになります。このようなときは、仮に大混雑するほどお客様が来店しても新人さんを人数に入れず に、普段通り妻と二人で店を動かしている、と思えばなんの問題もありません。
 しかし、一応一通りできるようになったあとは、私と新人さんの二人きりで働くようになります。いつまでも妻を店 に待機させていては無駄ですので妻は帰宅させます。そして私とアルバイトの二人で店を運営するのですが、こ こからが私にとって最も神経を使うところなのです。自分の作業をしながらアルバイトさんが教えたとおりにできる かどうかを見なければいけないのです。お客様の人数が疎らのときは、アルバイトさんが分からない時、忘れた 時に私が教えることができます。しかし、混んできたときは、私も自分の作業に手一杯になり教えることができなく なります。また、そういうときに限って不思議と、アルバイトさんも普通ならできることが焦ってしまいできなくなって しまうのです。

 採用して間もないアルバイトさんと二人で営業していたときに次のようなことがありました。
 夜の部に入って九時頃までは、お客様の来店ペースも三十分に一人の割合でのんびりと働いていました。とこ ろが、九時半少し前に六人の団体の人たちが来店し、その後は個人の方も含め次々にお客様が来店し、一瞬に して店内が満席になりました。ほんの数分の間にです。得てして、団体の方たちが来店したときにこういう風にな ることが多いのですが、このような状況になりますと、お客様というのは 「できるだけ自分の注文を早くしよう」 と するものです。新人で慣れていないアルバイトさんはこのように 「混んだだけ」 でも焦るのですが、その状態が一 瞬にしてやってくるわけですから焦るどころではありません。「早く注文しよう」 と思っているお客様たちは、誰か 一人が注文の声を出すと、ほかの人たちも 「我先に」 と次々に注文を言い始めます。もし、そこに観客がいたな らばその光景は 「お客様たちが一斉に注文をしている」 ように見えたでしょう。
 そのような状況に遭遇した新人のアルバイトさん。緊張と焦りのあまり何がなんだか分からなくなってしまったよ うで注文を取ることさえできなくなってしまいました。厨房内からその様子を見ていた私はすぐにホールに出て注 文を取りました。そして厨房内に戻り調理をしました。しばしの間、そうした動きを続けていたのですが、それも限 界があります。私はすぐに自宅に電話をし、妻に 「至急来るように」 告げました。妻が着くまでの二十分はまさに 悲惨でしたが妻が 「あと少しで来てくれる」 という安心感がありましたのでしのげた次第です。こうしたことも自宅 が近いからできることです。
 今紹介したお話は、自宅と店舗が近い場合のメリットですが、実は 「近すぎて」 も問題があります。
 一般的に、「職住隣接は働く人にとって便利だ」 と言いますが、直接お客様と接する業種の場合は一概には当 てはまりません。誰しも、仕事中は当然ストレスがたまりますが、その仕事とプライベートの生活の境目がない場 合は、自宅に帰っても仕事を引きずってしまうことになります。つまり、プライベートの生活が仕事に影響を与える ことを意味します。例えば、仕事が休みの日に家を出て外を歩くだけでお客様に会う機会があり息を抜けませ ん。自分にとっては休みであっても、お客様からは 「店の主人」 として見られるのです。その時の服装、態度、行 動がそのまま店のイメージとなってしまいます。それらが悪い印象を与えてしまうとそれが店の印象と繋がってし まうのです。

 私の知り合いの方で店と自宅の距離が歩いて一分の人がいました。この人などは休みの日はわざわざ店の裏 の道を通るそうです。店を休んでいるだけで 「商売人は楽でいいな」 と陰口を言われることがあるようでした。そ のような話を聞きますと、職住隣接どころか店の二階に住んでいる人などは落ち着いて生活などできないだろう と思ったりもしました。実際、コンビニエンスストアで二階に住居を構えている人などは洗濯物を干すのにも気を 使っているようです。
 自宅と店舗が近すぎることの問題点はあと一つあります。
 お客様とは 「一線を画していなければならない」 ことは前にも書きました。店の中ですと、自分が作業をしたり 立つ位置を変えたりして一線を画することができます。しかし、店の外で会った場合には避けることが難しいので す。仮に、外でお客様に会いうっかり話し込み親しみ感を相手に与えてしまうなら、次に来店されたときに店主と して 「一線を画すること」 が難しくなります。もしそこで一線を画する行為をしてしまうと 「店主は冷たい」 という印 象を与えることになってしまいます。店主とお客様との関係は自宅と店舗の距離同様、微妙な距離が大切です。

 これまで説明してきましたように店と自宅は遠すぎても近すぎても営業に困難を来します。これも、直接お客様 と接する業種の特徴といえます。本部が私にしてくれた中で、最も感謝していることは自宅から理想的な距離の 店舗を探してくれたことです。

<食中毒>

 飲食店を営んでいますと一番恐いのが食中毒です。しかし、ラーメン店のような 「注文を受けてから作る」 業種 は食中毒を出す可能性はとても低いものです。やはり食中毒を発生させる確率が高いのはお弁当屋さんでしょ う。お弁当屋さんの中でも仕出し弁当は特に注意しなければいけません。私はラーメン店を始めるまで食品の知 識などありませんでしたし、本部の研修でも習っていません。ですから漠然とした 「食品が腐る」 という知識はあ りました。しかし、その具体的な感覚が全くありませんでした。また、開業してからも食中毒を出したことが一度も ありませんでしたので、その本当の怖さを知らないまま月日を重ねていました。

 私が帰る時間はいつも深夜十二時過ぎでした。ですから、自宅で妻が夕方に作った晩御飯を私は一人で食べ ることになります。
 九月のある日、仕事をしていますと夕方五時頃にお腹が痛くなりました。我慢していたのですがだんだん痛み が強く激しくなってきました。その後、あまりの痛さに堪りかねて胃腸薬を飲ました。しかし、余計に痛みが増して しまいました。終いには立っていられなくなり、とうとう目が回り始めました。さすがに 「これはまずい」 と思い店を 休業にすることにしました。私はすぐにトイレに駆け込みました。しかし、トイレに座ることさえできなくなってしまっ たのです。意識が朦朧としてきたのです。自分でも危険を感じました。朦朧とした意識の中で従業員の人に自宅 に電話をしてもらい、妻に来てもらうことにしました。
 妻が到着するまでの間、私はおう吐を繰り返し胃の中にはもう出すものがなくなりました。妻が着いた時、私は トイレの中で横たわり顔だけ便器に突っ込んでいる状態でした。仕方なくその日はそのまま、店を休業にし父の 車で自宅まで戻りました。家に帰って布団に入り、それから二時間程でやっと落ち着いてきたのです。
 この時の私の原因は、その前日の深夜に食べた晩御飯だと思われます。妻は夕方作った料理を冷蔵庫にも 入れずそのまま放置しておいたのでした。私も食品に対する意識があれば口に入れる前に臭いなどで気付かな ければいけなかったのです。しかし、それまで 「食品は腐る」 という知識を漠然と持っていただけで強く意識して いませんでした。たぶん神様の仕業でしょう。飲食業に従事している私に教えてくれたのです。
 翌日は身体がだるかったのですが普段通りの生活ができるようになっていました。今まで傷んでいるものを食 べてお腹が痛くなり下痢をする程度のことは経験がありましたが、意識が朦朧となるほどひどいのは初めてで す。食中毒の怖さを身をもって知りました。それからは食品の安全に対して意識が強くなったのは言うまでもあり ません。飲食業は人様の口に入れるものを売る仕事だというとても素朴な重要性に気づきました。場合によって は、命を落とすこともあるのが食中毒です。食品の安全性は経営効率よりも何よりも優先されなければいけませ ん。本当にいい勉強になりました。
 因みに食中毒を起こす菌で有名なものにサルモネラ菌、腸炎ビブリオ、ボツリヌス菌があります。これらは食品 に付いてから時間が経てば経つほど増えます。作ったものはできるだけ早く食べましょう。保健所で習った食中 毒を起こさないための三箇条で締めくくります。

   菌は  『 つけない 増やさない 殺す 』 

<有名人の来店>

  お店を開いていると有名人が偶然食べに来ることがあります。初めのうちは嬉しく、サインをもらったりして店に 掲載していました。有名人が来店したこと自慢にしていたのです。しかし次第に、サインを掲載していることのデメ リットに気がつきました。お客様が私に話しかけるきっかけになっていることです。今までに書いてきましたよう に、店主とお客様の関係は一線を画していなければいけませんが、サインはその一線を越えるきっかけになるの でした。
 また、有名人のサインを掲載していますと、その次に来た有名人からも「サインをもらわなければ失礼にあた る」というプレッシャーのようなものを感じ始めたのです。店が混んでいなければサインを依頼することもできるの ですが、忙しい時はそれが出来ず 「申し訳ない気分」 になるのです。
 やはりテレビでよく見掛ける有名人を含んだ団体が食べに来たことがあります。その時、マネージャーらしき人 がラーメンを食べながら掲載されているサイン色紙を確認してチラチラ私の方を見るのです。私には 「サインを 頼んでくれ」 という表情に見えました。真相はわかりませんが、少なくとも私にはそんなふうに感じられました。そ れを機会にサイン色紙を取り外してしました。これで要らぬプレッシャーから解放されました。ヒッヒヒ…。

 お店にはいろんなセールスマンが来るのですが、ある日おもしろい人が来ました。その人は、ドラマの撮影に使 うロケ地を探しているらしいのです。そのロケ地に 「当店を使わさせて貰えないか」 と言うのです。元々ミーハー な性格ですので了承しました。そのドラマは当時放映されていた三十分ものの学園ドラマでした。なおさらOKで す。かわいいタレントさんを間近に見ることができますし、そのほかに私の知っている俳優さんも来るらしいので す。時間は店の仕込みを始める前の二時間だけとのことでした。早速日時を決めて当日を迎えました。
 私は撮影を軽く考えていたのですが、そのスタッフの多さに驚きました。撮影のための車が当店の前に何台も 停まり、歩道はスタッフと機材でいっぱいになり、ものすごい仰々しさでした。私は、隣の店舗の前にまでスタッフ がたむろし、道具で歩道がさえぎられるのをとても心配しました。
 有名人に会えたのは嬉しかったのですが、それよりも近隣への迷惑を考えるともう二度とやるまいと思ったので す。私の店舗の広さはラーメン店にしては広いほうでしたので、撮影には 「もってこい」 の場所だったようです。 その後も何回か頼まれたことはあるのですが、断り続けました。


 このようにして十三年間がんばってきましたが、それでも店を続けられなくなってしまいました。最初に申し上げ ましたように、脱サラで始めた人のほとんどが五年以内で廃業している現実の中で十三年間も続けられたのは 運が良かったといえるでしょう。妻や家族の応援もありました。私自身も必死になって働きました。しかし、廃業せ ざるを得なかったのです。後半はその経緯をお伝えしたいと思います。


 『 儲かる商売はない 儲かる奴がいるだけだ 』
                            塚本幸一
∞∞∞∞∞  ∞∞∞∞∞  ∞∞∞∞∞

 ここまでがいわゆる<奮闘記>になります。上記の 『 儲かる商売は…』 はワコールの創業者である塚本幸一 氏が言った言葉です。この言葉は確かに経営の真髄を言い当てていると思いますが、脱サラをして生業(企業で はなく)として始める飲食業(とりわけラーメン店)をみる時、違ったものになる気がします。次回よりいわゆる
<失敗記>となります。

第10回  肝銘

≪ どうにもならないことはある! ≫

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